商品カテゴリから探す
何かお探しですか?
キーワード
価格範囲
円〜

クリックポスト送料無料


合計4,000円(税抜き)以上
ご購入で宅配便

送料無料



宅急便コレクト 代金引換
宅急便コレクト お届け時カード払い

 

琥珀の物語


琥珀について

サンスパングル

サンスパングル(sun spangle)
琥珀からしばしば観察される円盤状のインクルージョンの通称。
サンは太陽、スパングルとは、星のようにキラキラ輝く物を指します。
このインクルージョンの表面が光を反射する事からの銘々されました。
内包物(サンスパングル)が出来るのは、琥珀が化石化する過程で

内部に含まれるガス成分が、地熱や圧力で分離分解され、
時を経た後に円形状の厚みの無い模様に出来上がります。
その美しい模様とキラキラと光る事から琥珀の魅力とされています。

 

琥珀って何?

琥珀(コハク)は数千万年前の主に松などの樹脂が
固まって地中に埋もれてできたものです。

いわば樹脂の化石のようなもので、太古の世界への掛け橋として
世界中で珍重されています。
歴史的価値だけでなく、その独特の深い色艶も人気の秘密です。
産出国も少なく、ポーランドやリトアニアが有名ですが、
日本でも産出されたことがあります。

琥珀というとジュエリー界の中でも別格的な存在。
ルビーやダイヤのような宝石系とはカテゴリが違います
(そもそも石ではないのです)が、

それでいてれっきとした高級素材としてジュエリー界に君臨しています。
何物にも換えられない琥珀はとりわけファンを魅了してやみません。


琥珀の歴史

バルト海沿岸の琥珀芸術
琥珀の主要産地として名高いバルト海沿岸地方では、
古くは、ヨーロッパ各地との交易の通貨として琥珀が使われ、
ロザリオの材料や装飾品として、加工されるようになりました。

16世紀ポーランドにあったチュートニック王朝のアルベルト王は、
特に琥珀工芸・産業の振興に熱心で、沿岸の工芸家を集め、
保護したといわれています。

その後、ルネッサンス期には、芸術活動の盛んだった
プロシア、ポーランドでは、その影響を強く受け、国王の保護のもとに
琥珀芸術が盛んになりました。

当時の琥珀工芸家たちは、宮廷の調度品や飾り物などを
多く創作しており、
芸術輸出品として、外交上の贈与品として
活用されました。


ヨーロッパ各地の侯家・王家のコレクションには、
中世の琥珀装飾品が今も残されてます。


こよなく琥珀を愛した女帝エカテリーナ2世
彼女はピョートル大帝の改革以来、半世紀の発展の中で
理想的な啓蒙君主を貫き通し二回の戦争を経て領土の拡大を
図った女帝で、ロシアで初めての体制づけられた地方統制の
組織立法を作りました。


この時代にロシアにロココ様式の文化、芸術が全盛となり、
豪華な工芸品や調度品、装飾品が多く創られました。
特にエカテリーナは琥珀で創られた装飾品を誰よりも愛し、
熱心に、そして熱い想いで、自身が身につけたと言われています。


アンバーロード

ヨーロッパのアンバーロード(琥珀の道)
琥珀の世界最大の産地であるバルト海沿岸地方は、歴史も古く、
紀元前7世紀頃からヨーロッパと琥珀を中心とした貿易が行われていました。

バルト海地方の北方民族がヨーロッパ各地と交易を始めたとき、
通貨として使った琥珀が遠くヨーロッパ大陸を越えて、
ギリシャやローマに運ばれて、シルクロードに対してアンバーロードと呼ばれました。


当時の琥珀商人達は、エルベ河やオーデル河などの大河川沿いに
ヨーロッパを南下し,バルト琥珀は広く散らばっていきました。
琥珀は次から次へといろいろな商人たちの手に渡り、
ついにはアルプスを越えて
イタリアの北部へと、又一方では、
海を越えてイギリスヘと送られていきました。


紀元前1500年頃、これらの地方では既に進んだ文明が栄え、権力者達は
その富と力であらゆる地方より貴重品や珍品を調達していました。


又、通商時代初期には、バルト琥珀はドナウ河やビスタ河を南下し、
ボヘミアからドナウ、ドニエスドル等の河を経て東南へ、
黒海を乗り越え東ローマ帝国やギリシャへと輪送されて行きました。

こうしてアンバーロードと呼ばれる琥珀の道が、
北から南へと開かれていったのです。

 

琥珀の光

宝石はその美しい輝きから、古来よりたくさんの
伝説とともに人々を魅了してきました。

「琥珀」にまつわる伝説も数多くありますが、
海にまつわる話が多いようです。


神話の国ギリシャでは、水平線に沈んだ太陽の光が海の中で固まって
琥珀になったと信じられていました。

 

良質の琥珀

リトアニア、ポーランド等バルト海沿岸地域は、良質琥珀が豊富に産出され、
その加工技術も永い歴史と伝統に培われてきました。

特に12〜13世紀頃より琥珀を専門に加工する工房が生まれ、
中世以降、ロシア宮廷からヨーロッパ王宮への
贈答品として用いられたと言われています。


その繊細な工芸技術で作られた琥珀装飾品は、
サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館、
プーシキン市にあるエカテリーナ宮殿などに多く集められています。

琥珀は有機質天然素材で今は絶滅したといわれている
松柏科の樹脂が化石化したもので正確には石ではありませんが、
その独特の艶、暖かみのある色が根強い人気を博しています。

比重が1〜1.1と宝石の中で最も軽いため古代は海流に侵食されて
海に漂い浜に打ち上げられていた(シーアンバー)と云われます。
英名の”AMBER”はギリシャ語の”アンバール・・・
漂うもの”が語源とされています。

したがって、宝飾アクセサリーとしては比較的大振りなものを
着けていても苦になりません。


中国でも古くから琥珀が愛され、虎が死んだのちにその魂が
地中で石になったと信じられていました。
琥珀の文字に「虎」がつかわれているゆえんです。

琥珀は年代や地域により赤、黄、緑、青、黒等
多種多様の色合いがあり
ひとつひとつの石がそれぞれ
ユニークな表情を醸し出し現代では、宝飾・アクセサリーの中でも
ひときわ異彩な存在として世界中で愛されています。


およそ4〜6千万年前

樹木のしずくが化石化して輝く宝石となった琥珀。
その深い輝きは香水や洋酒の「色」にも例えられ、
美しさとともに、肌に暖かみを感じさせる軽やかな量感と、
一つとして同じものがない豊かな表情が特徴となっています。

又東洋においても、琥珀は天地四方を祭るために用いられ、
王族諸侯が互いに贈答品として利用したと言われています。

琥珀、それは長い年を経て現代へ届けられた、大自然からの贈り物です。

 
天然の温もり

今日でも高価な宝飾品として受け継がれる一方、
洗練されたカジュアルな服装にもとてもマッチします。

ファッションの世界でも自然志向が主流になってきていますが、
琥珀は上品で暖かいぬくもりがあるお洒落なアクセサリーとして、
その魅力はいま世界中で見直されつつあります。



エリダヌス座

ギリシア神話では、エリダヌス川は太陽神アポロンの息子パエトンが
天を駆ける太陽を曳く馬車から落ちた川だといわれています。

パエトンという太陽神アポロンの息子がいました。
彼は自分がアポロンの息子であることに誇りをもっていましたが、
友人の誰もがそれを信じてくれなかったため、
パエトンはアポロンの宮殿に出かけて行き、
自分が太陽神の息子であることを証明しようとしました。


アポロンはパエトンを自分の息子だと認め、証拠として何でも1つ望みを
叶えてやろうといいました。
するとパエトンは友人達に証明するために、
太陽を曳く馬車を運転させて欲しいと
頼んだのです。
アポロンはこの申し出に困り果ててしまいました。
なぜなら太陽を曳く馬はとても気性が荒く、他の神々でさえも
乗りこなすことはできなかったからです。

しかし、パエトンはアポロンの言葉を盾にとって太陽を曳く馬車を借り、
大空へと飛び出しました。
はじめのうちは順調に馬車を走らせていましたが、
馬たちは手綱を取るのがアポロンでないと
気付いた途端に暴れはじめたのです。


馬車は、太陽の通り道である黄道を外れて滅茶苦茶に走りはじめ、
近づくものすべてを、太陽の熱で焼き尽くしてしまいました。
このままでは世界がすべて焼き尽くされかねないと思った大神ゼウスは、
仕方なく雷光を放ってパエトンを撃ち殺しました。
パエトンの亡骸は馬車から転げ、そして落ちて行ったのがエリダヌス川です。

パエトンの亡骸はひどく焼けこげ、見るも無残な有様でした。
水の精女たちがパエトンの亡骸を拾い上げて葬りましたが、
パエトンの姉妹であるヘリアデスたちはパエトンの死を悼み、
墓の上に臥していつまでも泣き続けたといいます。

やがてヘリアデスたちの身体はポプラの木へと変じて墓の上に宿り、
流れ落ちた涙は琥珀となって、エリダヌス川の底に沈んだといわれています。